介護職についての考察 〜日本の介護の現状〜

最近、介護関係の本を数冊買った。ユマニュチュードの本をAmazonで探していて、ちょっと日本の介護現場そのものを知りたくなったから。

色々、書評など見て、岡田耕一郎という人のが面白そうで(現実的で)3冊ぐらい買った。

『だから職員が辞めていく』はそのうちの一冊。19章と20章はかなり同感というか。

89ページのラスト『「介護の質」を上げるより「介護現場の労働現場の環境の質」を上げてもらいたいと普通のおじさんは切に願っている』という著者の言葉は心から共感する。

(結局、「介護の質」もそんなによくはない、という現実)

アロマテラピーの教室に

夜勤明け、1時間ほど寝て、初のアロマテラピーの教室に行く。

エッセンシャルオイル代2800円。(4種類)

グレープフルーツのオイルを嗅いだら頭の奥がスーとする。血行促進の効果か?

風呂にラベンダーのオイルを数滴入れたり、寝る前枕元にオレンジを一滴テッシュに垂らして置いたり。

よく寝れた様な。

 

『目標株価ゼロ』 ハーバライフの実態についてのドキュメンタリー

『目標株価ゼロ』というドキュメンタリーをネットフリックスで観る。

ハーバライフという健康食品メーカーのビジネス・スタイル(ネットワークビジネスと言われている)に違法性について追求したドキュメンタリー。

結末は、FTCが詐欺的商行為似ついて起訴。そして被害者に2億ドルの罰金で和解、というもの。

映画で実態を観る限り、どう見ても悪なのだが。政府は規制できないらしい。

製品そのものはそう悪くはないと思える(Amazonで販売しているプロテインなどの評価を見て)

だが、下部会員を勧誘し、ピラミッド式に吸い上げる構造はネズミ講と似ている。

実際に、多くの犠牲者の金銭喪失が上位の会員の利益になっている。

そうしたハーバライフの実態を世間に知らしめたのは、米有力ヘッジファンド、パーシング・スクエアを率いるビル・アッカマン氏。

アッカマン氏は、「ハーバライフはピラミッド・スキームだ。株式の価値はゼロに等しい」と空売りを始める。

株は13%も急落したもののダニエル・ローブ カール・アイカーンらが、買いに動き、株価は40ドルまで回復。

アックマンは劣勢に立たされる。この、カール・アイカーンの方は、アックマンが嫌いだから投資したらしい。ちなみにトランプ政権の規制改革担当の顧問に選ばられたという。

 

75

 

ハーバライフのCEOのマイケル・ジョンソンという人が、見るからに信頼できない風貌。会場の会員も脂ぎったハイエナ的なオーラが漂ってるし。

日本では、特に大きな問題もなく活動しているみたいです。
>ハーバライフ・オブ・ジャパン公式サイト
ただ、思うにアックマンは正しい。正義だと思う。ヘッジファンドにもこうした良心の人、倫理観を持った人がいるんだな、と。

ビル・アックマンから学ぶ投資の心得『納得がいかない経営には空売りを仕掛け続ける』

「ヨシュア」

中共を相手に戦う10代の少年少女。

イギリスの植民地から返還され、習になり全体主義を強要され始めた香港。

自由な香港人の姿こそが本来の中国人の姿であると思われ。

「ウォー・マシーン」を観て

主役の将軍役はブラッド・ピット。観終わってから気がついた。

苦難のアフガン。ままならない民主化。

思い出すのは、ブッシュの言葉。「日本の民主化はうまくいった」

それはそうだろう。もともとが民主主義だったのだから。日本において国家社会主義という全体主義=独裁国家化してたのは一時期。

そういう意味では、米国の認識の甘さが露呈した形。

SPOOKS スプークス/MI-5

正義か、組織か? MI−5を追われたハリー。単独でMI-5内の裏切り者を探す。テロとの危険な取引きをしながら。
洗練された個人主義。というか真の個人主義とはこういうものかと。

『野火』を観て 〜戦争という生き地獄〜

 小さな芋切れ二、三個が貴重な食料となり、塩さえもない極限状況。フル装備の敵軍に合えば肉片と化す。正気を保つのは至難。肺病になり恐怖から誤って村人を射殺し、その罪の意識にもさい悩まされる。
 リリー・フランキーが例によってアクの強い不敵なやさぐれた男をうまく演じている。そして監督兼主役を演じた塚本晋也の確かさが映画を手堅いものに。
 食料のない極限状況は、やがて人肉を口にせざる得ないところにまで追い込まれる。死への恐怖、妄想、幻覚、狂気。まさに地上の地獄と狂気が縦横する世界である。
 この映画を観ながら、あの戦争を意図的に引き起こしたそもそもの張本人の近衛文麿と尾崎秀実に、あの戦争の現実の様を知らせたいものだと思った。
 「二度と戦争などすべきでない」という常套句的な思いも強く湧き上がる。確かにどのような戦争であれ、ああした悪夢、非人道的な世界は付き物だろう。米軍の兵士もそれなりの地獄を味わったに違いない。
 だが、あの戦争において、南洋の島で日本兵が味わった状況は自由主義国の一般的な戦争の残忍さを超えた異様なものだった。食料は現地調達、みすみす犬死するとわかっていながら送り出される兵士。独裁国家でない限り、こうした無謀な戦略は許されない。何のための戦争かさえ明確ではない戦争。捕虜になるくらいなら自決せよと命じられる理不尽。道徳、理性の破壊。
 自由主義国家が、自由や防衛のために組織されている軍隊と、全体主義・侵略国家が指導する軍隊の運営が異なるのは当然であるが、日本軍の運営実態は後者のそれに限りなく近かった。
 問題はあの戦争が、真の意味では「祖国のための戦争」ではなかったことだ。左翼思想に侵された革新軍人らの観念の中の『祖国(皇国)日本』のために死ぬことが正しいと強制された戦争であったことだ。
 左翼イデオロギーに染まったものによって起こされた狂気の戦争が、前線の現場で狂気の態を噴出させたのは必然的帰結だった。
 真っ当な右翼であった(であると同時に保守主義者でもあった)東大の精神科学研究所の田所廣泰は、太平洋戦争が開幕した時、早期終結を進言した。東条英機はそれを苦々しく握りつぶし、彼らを学徒動員で過酷な前線に送り込んだ。国の指導層が狂気に侵されていた。 南洋の島で日本兵が味わった地獄は、国家社会主義という右翼を装った左翼思想に取り憑かれていた東条などが確信犯的に味わせた、といっても過言ではないだろう。
 あの狂気の戦争を一般的な戦争や全ての戦争に敷衍して「二度と戦争はすべきでない」と全ての戦争を否定し、一切の戦争をしないと自らに枷をかけることは危険である。その足枷が、再び同じ狂気の戦争へと日本人を、私たちの子供や孫に味合わせることになる確率は高い。
 なぜなら、中共に侵略・併合させられ彼らの支配下に日本が置かれた場合、間違いなく中共にとって目の上のコブであるアメリカと日本人は犬死的に戦わせられる。地政学的に日本列島は、太平洋を米国と挟んで中国の防波堤に位置する。自衛隊の軍事力の横領的活用や米軍基地の占領により齟齬機を抑えるという戦略からも世界覇権を目指す中共にとって日本は戦略的価値が大きい。
 日本国民にとっては、日本が中共の配下となることは、かつてあの戦争において独裁政権化した軍の配下に日本人が支配されたのと相似する。〈法の支配〉は失われ、軍の命令が絶対化したように中共の命令が絶対化するからである。
 中共の侵略を阻止する方法は『戦う』ことしかない。彼らが軍事力をチラつかせて恫喝してくるなら、こちらもそれ以上の軍事力を備えて恫喝を撥ね返すことである。そして実力行使に出たら実力行使で応酬する。そうした戦争は国際社会が認める自衛の戦争であり、そもそもがあの戦争とは異なるものである。また、ハイテクを活用する現代の戦争は、先鋭部隊により行われ、民間人が戦地に送り込まれることはない。
 「核攻撃されれば民間人にも被害が及ぶ」と言われれば確かにそうだが、もし中国がそうした行為に出れば、欧米自由主義国は本性を現した中共を抹殺する。その場合、滅んだとしても世界平和に貢献した意義ある滅亡である。同じ滅亡するなら中共に支配されて地獄を子供達に味合わせて滅亡するよりはるかにいい。生き残った日本人は「自由と平和のために戦った」とう尊厳を引き継ぎ国を立て直すチャンスもあるだろう。
が、戦わずに中共にひれ伏すなら、民族淘汰により、日本人自体が消滅する可能性も大きい。
 どう考えても日本は子供達のためにも「戦える国」になるべきである。
 独裁・全体主義国家と戦う強さこそ美しさであり、全体主義と戦う勇気こそが知性である。

ギターハンガーの設置

昨夜、仕事の帰りに木材とスクリューねじを買って、今日夜勤の午前中に加工、取り付けして、ギターハンガーを三つつける。

ベースの木材は、2000×90×45の杉の荒材で、軽くカンナをかける。

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『あまくない砂糖の話』

昨夜、『あまくない砂糖の話』(オーストラリアのドキュメンタリー映画)を観る。
予想以上にショッキングだった。
糖分の過剰摂取の弊害は、内臓脂肪など肉体面だけでなく、精神面で集中力をなくし不安定な気分ややる気のなさ、だるさ、疲労感をもたらす。
甘いものを食べると一時的には、気持ちが安らぎ集中力が増すが、一時で、再びいい気分を得るにはまた摂取しなくてはならない・・・という麻薬的側面もある、といった医学的裏付けのレポートから、砂糖業界の隠蔽からさらに『マウンテン デュー』中毒で歯がボロボロになったアメリカの少年の映像などまで。

瞑想=「無限遠対向」 、そして境界線について

潜象と言うのは見ることができない。通常、感覚することも一定ではない。だから潜象なわけだが。
しかし、イメージすること、観ること、つまり「観想する」ことができる。原始仏教やヨガで言うところの「観想」=「瞑想」で『観る』のは宇宙の構造や生命の成り立ちに基づく法則、摂理である。理性にとってそれは抽象的なものであり、論理性から遠いように思われがちである。が相対性理論のように、常識的感覚では理解しがたいことでも、筋さえ通っていれば「理論化」は可能である。
私は、瞑想でまず、「無限遠対向」を観じる。無限遠とは宇宙の外域である。宇宙が有限で平べったい楕円の形でその大きさは〜であることなどは〜証明されている。だがその宇宙の外はどうなっているのかはわからない。ひたすら無限で何もないのか・・・ある古代の哲学によれば、宇宙や生命を生み出した無限の知彗 叡知つまりある種の意識体の充満が宇宙の外域にあると言う。つまり神的意識体である。神的意識体が自らを分割して宇宙や生命を生み出し、それらを統べ司っている、と言う理屈である。そのように古代人は『観じた』と言うべきか。直観したと言ってもいい。
この理屈で行けば、宇宙の外は何らかの形で宇宙内部に関与している。そうでなければ神的意識体が現象世界に間接的であれ働きかけることはできないし、神的意識体に人間が接触、繋がることもできない。
ちなみに宇宙とその外域との境界線であるが・・・多分それを見つけることはできないだろう。仮にロケットで直進してもそこにはたどり着けない。曲率によって周回してしまうことだろう。しかし、大きさがあると言うことは境界線はあると言うことである。ただそれを人間が実際に行って見ることも触ることもできないだろう、と言うことだ。
宇宙の外いきは、我々の外の方向と内側の方向とある。無限遠を外に辿れば宇宙の外である。うちに辿れば、細胞分子、原子の内部、原子核の奥、と言うことになる。原子核の大きさは〜それ自体、我々が感覚できないものである。
無限遠との対向とは、宇宙の外いきであると同時に、自分自身の肉体の細胞分子、その奥の原子核のさらに奥にあるものと対向すると言うこと。それを『観づること』それとコンタクトすることは可能である。瞑想とはそのためのものである。
さて、境界線についてだが。ジョンレノンのイマジン。「国境なんてない、と思ってごらん」みたいな歌詞がある。
「国境なんてない」と思えば、領土の争いもなくなり各国は仲良く平和に暮らせるよ、と言うメッセージらしいが。
先進国のリベラルにはウケがいいようだが。
 実際の話、国境なんて人為的なもんだから、ないようなものだ、と言えば、侵略国家は「あ、そ。じゃ尖閣も沖縄も中国の領土なんで」と自分たちの領土にするだけである。で、戦争は無くならないかといえば、そんなことはない。日本を侵略して支配下に置いた中共は、米国と戦争するのに日本人を使うだけである。
戦争がなくならないのは、中共やロシア、北朝鮮のような侵略国家、全体主義国家が存在しているからである。それらの国から自国の平和を守るには軍事力は必要であり、場合によっては戦うことも必要である。あたりまえの話である。
 こんな当たり前な話さえ、左翼に洗脳されたサヨク市民は理解できない。
「国境がなくなれば、みんな平和に暮らせるヨ」と寝ぼけた白昼夢を現実世界に投影している。ある意味、認知症予備軍である。現実把握能力が劣化してるわけだから。

慰安婦問題が解決不可能になってしまっている理由

「そこまで言って委員会」をちらっと観ながら思ったことをメモ
慰安婦問題が解決不可能になってしまっている理由
 韓国人にとっては、慰安婦問題や竹島の問題は、理屈ではない。根っこにあるのは「感情的しこり」である。
だから、理論や事実などより、感情的にしっくりくる説明のみに納得する。
 日本=加害者、朝鮮=被害者という図式は大衆の支持を得やすく知識人や政治家はそれに則ってこそ愛国者と言われうる。そういう空気が支配的であることは認識すべき。
 「感情的しこり」の原因は何か? それは、併合に仕方にあった。朝鮮の近代化の資金は日本の税金からの持ち出しであり、インフラ整備、学校など教育環境づくりが日本人によって行われた。それは概ね善意であり、そうした日本人の貢献と言うのは通常なら感謝されこそすれ、恨まれるようなことではなかった。朝鮮に移り住んだ日本の民間人が朝鮮人に蛮行を働いたり虐げたと言う話も聞かない。
 問題は、朝鮮人の歴史を抹消して『日本人化』しようとした〜の政策にあった。早い話が『同化政策』であり、差別の裏返しの同一化であり、ある意味差別以上にプライドを傷つけるものだった。

瞑想=「無限遠対向」 、そして境界線について

瞑想
潜象と言うのは見ることができない。通常、感覚することも一定ではない。だから潜象なわけだが。
しかし、イメージすること、観ること、つまり「観想する」ことができる。原始仏教やヨガで言うところの「観想」=「瞑想」で『観る』のは宇宙の構造や生命の成り立ちに基づく法則、摂理である。理性にとってそれは抽象的なものであり、論理性から遠いように思われがちである。が相対性理論のように、常識的感覚では理解しがたいことでも、筋さえ通っていれば「理論化」は可能である。
私は、瞑想でまず、「無限遠対向」を観じる。無限遠とは宇宙の外域である。宇宙が有限で平べったい楕円の形でその大きさは〜であることなどは〜証明されている。だがその宇宙の外はどうなっているのかはわからない。ひたすら無限で何もないのか・・・ある古代の哲学によれば、宇宙や生命を生み出した無限の知彗 叡知つまりある種の意識体の充満が宇宙の外域にあると言う。つまり神的意識体である。神的意識体が自らを分割して宇宙や生命を生み出し、それらを統べ司っている、と言う理屈である。そのように古代人は『観じた』と言うべきか。直観したと言ってもいい。
この理屈で行けば、宇宙の外は何らかの形で宇宙内部に関与している。そうでなければ神的意識体が現象世界に間接的であれ働きかけることはできないし、神的意識体に人間が接触、繋がることもできない。
ちなみに宇宙とその外域との境界線であるが・・・多分それを見つけることはできないだろう。仮にロケットで直進してもそこにはたどり着けない。曲率によって周回してしまうことだろう。しかし、大きさがあると言うことは境界線はあると言うことである。ただそれを人間が実際に行って見ることも触ることもできないだろう、と言うことだ。
宇宙の外いきは、我々の外の方向と内側の方向とある。無限遠を外に辿れば宇宙の外である。うちに辿れば、細胞分子、原子の内部、原子核の奥、と言うことになる。原子核の大きさは〜それ自体、我々が感覚できないものである。
無限遠との対向とは、宇宙の外いきであると同時に、自分自身の肉体の細胞分子、その奥の原子核のさらに奥にあるものと対向すると言うこと。それを『観づること』それとコンタクトすることは可能である。瞑想とはそのためのものである。
さて、境界線についてだが。ジョンレノンのイマジン。「国境なんてない、と思ってごらん」みたいな歌詞がある。
「国境なんてない」と思えば、領土の争いもなくなり各国は仲良く平和に暮らせるよ、と言うメッセージらしいが。
先進国のリベラルにはウケがいいようだが。
 実際の話、国境なんて人為的なもんだから、ないようなものだ、と言えば、侵略国家は「あ、そ。じゃ尖閣も沖縄も中国の領土なんで」と自分たちの領土にするだけである。で、戦争は無くならないかといえば、そんなことはない。日本を侵略して支配下に置いた中共は、米国と戦争するのに日本人を使うだけである。
戦争がなくならないのは、中共やロシア、北朝鮮のような侵略国家、全体主義国家が存在しているからである。それらの国から自国の平和を守るには軍事力は必要であり、場合によっては戦うことも必要である。あたりまえの話である。
 こんな当たり前な話さえ、左翼に洗脳されたサヨク市民は理解できない。
「国境がなくなれば、みんな平和に暮らせるヨ」と寝ぼけた白昼夢を現実世界に投影している。ある意味、認知症予備軍である。現実把握能力が劣化してるわけだから。

少数者の種類と低所得層

◉性的マイノリティ(性同一性障害など)
◉高い潜在能力を持つがゆえに社会に馴染めない精神的マイノリティ
◉経済的マイノリティー(平均年収200万以下の、いわゆるワーキングプアと呼ばれる層)
あと、政治的に与党に対する野党みたいなのも少数派だが、微妙。保守系はまだ筋が通っているからいいが、社民・共産系はスジが通ってない論理を振り回しているので『少数者』の部類に入れたくない、と言うのが正直なところ。(大衆の味方といった看板をやたら振り回すが、実質異なっている)
ゴールデンウィークになると5連休だの一週間休みだのとテレビで言うが、介護職には全く関係ない、別世界の話である。テレビが一般的国民として扱うのは中間層以上の人々で、貧困層エリアはなぜか存在が無視されている。
そこで、自分のような貧困層エリアは人口の何パーセントぐらいなのか気になり調べてみた。
経済的マイノリティーについて
「年収200万円未満の男性は、全体の約10%、女性は全体約40%が200万円未満となっております。
仮に年収が200万円だった場合の手取り額は月額で約15万円。
150万円だった場合は、手取りで月約11万円。
100万円だった場合は、手取りで月約9万円。
100万円以下の場合は月9万円ですべてをするという過酷な生活になるようです。」
とある。男女平均すると25%が貧困層と言われている部類になるようだ。が、共働きでカバーしてる世帯もあるので、男性の10%と言うのが確定層である。しかし、非婚や離婚を加味して考えると全体の2割になるのではないかと推論される。
が、年収200万円である介護職でなどのグレーゾーンの実態を考えると、夜勤業務・ボーナスを入れて年収260万で、手取りだと200万に満たない。その上、正月もゴールデンウィークなどの時期も5連休などまず取れない。有給を貯めれば年二回取れなくもないが。間違いなく貧困層の部類に入る。(貧困層は手取り10万円が多いから上の部類になるとはいえ)
こうしたグレーゾーンを入れると日本における貧困層というのは3割は硬いのかもしれない。
数で言えば、貧困層はマイノリティーと言えるのか疑問を感じざるところもあるが、テレビや新聞があえてワーキングプア問題を取り上げる時以外は無視される存在という点では少数者であろう。
テレビ、メディアが国民の3割ぐらいいるのではと推論される貧困層エリアを無視する根拠は、国民の平均年収が420万(平成27年度)という数字だろう。テレビにとっては平均年収層が国民の主役で、年収200万付近の低所得層というのは特殊な人たちになるのだろう。
こうした事情を考えると、数は三分の一近くいても、低所得層はマイノリティーである、と言える。

多数者の視野狭窄と少数者の役割

昨夜の『ためしてガッテン』で。高速道路運転で60分で、脳が自動的に前方を進んでいる車だけにしやが絞られ、周囲は「見れども見えず」という状態になる、という。
人間は、目で見ているのか、それとも脳で見ているのか?
正確に描写するなら、「目という感覚器官を通して、脳で見ている」ということになる。
つまり、『見る』とは認識することである。網膜に映った情報も、脳が認識しなければ、「見れども見えず」ということになる。
少数者の役割は、多数者が「見ようとしない」情報を認識・分析することである。
平和に慣れた人々は、中共の軍備拡大もチベット、ウイグル侵略も、情報としては入ってきてもそれがこの日本の平和にとってどれだけ危険なものかを察知する能力を失っている。目の前の平和が、ただそれだけで存在し得るかのように錯覚している。そのような人々には、安保法制案も日米同盟強化も「平和を乱すもの」であるかのように転倒した認識をしてしまう。

法曹界の左傾化

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左翼が知的だという誤解はなぜ?
弁護士といえば、「頭がいい人達」というのが常識。
その弁護士さんたちの組織である日弁連が特定のイデオロギーに基づく主張を声を大にして言えば、あたかもそうした主張は正当性を帯びているように聞こえる。
こうしたことが、野党の自民党批判、阿部おろしのための否定的見解の根拠にされている背景。いわば、左翼野党のバックボーンに日弁連という権威が居座っている。
しかし、日弁連の思想性は法の支配とは無関係のものである。日弁連が根拠にしているのは、国家否定のマルクス・レーニン主義である。(しかし、マルクス・レーニン主義が否定するのは、伝統的国家であり、左翼が国家権力を一旦握れば、それは絶対権力国家になる)彼らの言う民主主義とは、民衆主義であり、民衆の代表である社会主義者や共産主義者が権力を握れば、絶対的権威として「伝統的法」の上に君臨する。
安保法制やテロ防止法に反対する根拠に「立憲主義に反する」というのは、日弁連や日本共産党、左翼野党や朝日新聞などが、「立憲主義」という概念を大きく歪めているからに他ならない。憲法を憲法たらしめるのは、「法の支配」という保守主義的概念に支えられている時だけである。憲法の条文が「法の支配」に基づかないものなら改定するのが当然である。(もっとも憲法9条は、日本が国防軍を持つことを認める形にすでに書き換えられているのだが)
いづれにしても、国の安全保障を害する異常な憲法解釈を振りかざして「立憲主義」だと主張する日弁連のやってることは「頭のいい人達」がやることではない。

Joy DivisionのNew Dawn Fades

 

joyDvisionの、というかイアンカーチスの詩が難解なのは、一つには『キリスト意識』が絡んでいるからだろう。

キリストとは、罪の贖い主であり、こうした思想は日本ではあまり馴染みがない。大本の出口王仁三郎が、スサノオとキリストを重ねて、スサノヲ贖い主として説明しているが一般には浸透してはない。

また、日本であまり好まれない理由としは、徹底した絶望が濃密すぎるかもしれない。

現在の日本は、絶望的な状況が進行しているにも関わらず、見ぬふりで済ませているきらいがある。

漠然とした不安や絶望感だけが存在し、それが何故だか追求も理論化もできない。いや、できないことはないのだが・・・(かなりの労力を要するから、状況を明確化できるのは余程の人だけだ)

絶望を見据えて、乗り越える道を何とか手繰り寄せていかない限り、状況は変わらない。真の希望も持てない。

状況を正しく判断していない、安易な希望は砂上の輪郭のように脆く崩れ去る。

そういった意味では、真摯に自らの中の絶望感に向き合ったJoy Divisionの音楽が、今なお支持され高い評価を受けているのは、RockのRock足る所以である。

 

以下、New Dawn Fadesの歌詞

Joy Division New Dawn Fades

A change of speed, a change of style.

A change of scene, with no regrets,

A chance to watch, admire the distance,

Still occupied, though you forget.

Different colors, different shades,

Over each mistakes were made.

I took the blame.

Directionless so plain to see,

A loaded gun won’t set you free.

So you say.

We’ll share a drink and step outside,

An angry voice and one who cried,

‘We’ll give you everything and more,

The strain’s too much, can’t take much more.’

Oh, I’ve walked on water, run through fire,

Can’t seem to feel it anymore.

It was me, waiting for me,

Hoping for something more,

Me, seeing me this time, hoping for something else.

変化する速度 変化するスタイル

変化する場面 後悔もなしに

観察する機会 その距離を慈しむ

いまだ支配されている けれどあなたは忘れる

多様な配色 多様な陰影

過ちが犯される度

わたしはその咎を自ら担う

あてもなく 至極明快なこと

充填された銃は君に自由をもたらさない

そうあなたは言う

わたしたちは杯を分け合い 外に出るだろう

ある者の怒鳴り声 そして泣き叫ぶ人

「我々は全てもそれ以上のものもあなたに与えよう

その苦悩は重すぎる きっともうこれ以上耐えられない」

ああ わたしは水の上を歩き 炎の中を走り抜けた

わたしはもうそれを感じられそうにもない

それはわたしだった わたしを待ち続けている

もっと多くのものを望みながら

わたし 今度はわたしを見ている 他の何かを望みながら

訳は以下から

http://boltsfromabove1982.tumblr.com/post/93880862755

コードはこんな感じ

Em                 D9

A change of speed, a change of style.

C                  A9

A change of scene, with no regrets,

Em                 D9

A chance to watch, admire the distance,

C                A9

Still occupied, though you forget.

Em                           D9

Different colours, different shades,

                        C

Over each mistakes were made.

           A9

I took the blame.

Em                        D9

Directionless so plain to see,

                           C

A loaded gun won’t set you free.

        A9

So you say.

オリジナル

 

Moby

 

 

イコライザーとNew Dawn Fades

昨日休みで、ギターの練習をしながら2本の映画を観た。

一本は、キアヌ・リーブス主演の『ジョン・ウィック』で、面白くなくはなかったが、復讐の動機が私的すぎて感情移入しきれず、主人公が偏執狂すれすれというか、正義というモラル感が希薄なところが否めず。

口直しに観た『イコライザー』の方は、面白かった。米国に巣食うロシア・マフィアの巨悪を成り行きで殲滅させ、一人の少女の未来を救う、というシナリオは共感できるし、主人公の過去が次第に明かされるタイミングや、無駄な暴力を行わない主人公の簡潔な手際などよかった。

映画のエンドロールのあたりにかかった曲が聞き覚えのある曲だな、と思ったらジョイ・デビジョンの曲だった。

CDも持っているがappleMusicで検索したらあった。映画ではオリジナルではなく、誰かの曲だったので、久々にJoy Division聴いたら懐かしかった。

海外では、不動の評価が確立されているが日本では一部のファンの皆のはなぜだろう。

 

 

 

『イミテーション・ゲーム』エニグマと天才数学者の秘密

第二次世界大戦中にエニグマ暗号の解読に取り組み、のちに同性間性行為のかどで訴追を受けたイギリスの暗号解読者アラン・チューリングについて描いた映画。

ベネディクト・カンバーバッチが主演を務め、演じきっている。

映画そのものは、久々に観たいい映画で、評価が高いのも頷ける。さらに実話に基づく、という点でも衝撃的。

色々と考えさせられる点が多かった。

アラン・チューリングは、戦争終結を早めた英雄であったが、エニグマ解読という偉業そのものが秘匿せざるえない事情から、真相が明かされたのが数十年後という悲劇。

そしてチューリングが、エニグマ解読のために開発したマシンがのちにコンピューターの先鞭となったらしい、という事実。

さらに、同性愛者が英国では長く犯罪者扱いされていたという事実。などなどである。

ミキサーのセッテイングと機材の配線

手巻きタバコのシャグを買いに市内に出かける。食料、書籍、方眼ノート手帳を買って高速で帰る。

機材の配線。久しく使ってなかったYAMAHAのミキサー復活。30分ぐらいで片付けるつもりだったが、一時間半くらいかかってしまう。実際に音を出したり、録音したりとそこらへんでどうしてもDAWは時間かかってしまう。

Ableton Liveを使ってMPCのドラムにシンセ、アコギの音を重ねて録ってみたところ、まぁいけそうな気はする。

実は、欲しかったカホンがタイムセールで安くなっていたので、ちょっと迷った。元々の値段が56,700円で、それが石橋でも4万ぐらい、それが35,180円に。

ためらったのは、昨夜MPCを叩いて「なんか指いたいなぁ」と思ったのがきっかけで「カホンはもっと痛いんじゃないか?」と思い検索したら、案の定、かなり痛いようで。

カホンが欲しいと思った最大の理由は、アコギの弾き語りのパーカションに打ち込みのリズムではなく、手動で入れたい。というのがあった。のだが、MPCをリアルタイムでAbletonにクリッピングすればできなくはなさそうだ。

マイネル カホン Artisan Edition Cajon AE-CAJ3BK